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平成方丈記 M田隆道   06年4月号〜

なまはげの里から 荒尾美代   05年10月号〜06年2月号

ロンドンから おちあいはな   04年10月号〜05年9月号

ギリシャから ド・モンブラン・むつみ   03年10月号〜04年9月号

ボストン便り 椎名梨音 

ルーマニア紀行 石原道友

ブレーメン便り 宇江佐 湊

オランダ事情 益川みる

ロンドンの掟 石関ますみ

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平成方丈記 M田隆道

<33> 野田新総理への期待

 民主党政権となって三人目の総理大臣が誕生した。地球人とのコミュニケーションがうまくいかない初代、総理官邸で孤独な市民運動を展開した二代目と比べると、演説にも力があり、記者の質問にもおおむね適確に答える等、やっとまともな人物が総理を努めるようになった感じがする。
 ただ、日本の現状はまともな人間だったら無事に勤められるという程、平穏無事な状況にはない。党内融和はもちろんの如く、与野党の垣根を超えて、我が国の総力を挙げて、諸課題に立ち向かっていかなければならないが、特にこの二年間で指示待ちの態度が身についてしまった霞ヶ関の官僚を上手に使いこなし、きめ細かくかつ大胆な政策を展開していって欲しいものである。
 その中でも最大の課題は、円高問題である。識者の中には、この円高はドルの弱体化の裏返しであり、ほぼ不可避の自然現象であるかの如く説く者もいるが、この認識は完全な誤りである。日本政府の為替介入は、各国の理解が得られないだろうという憶測の下、極めて及び腰であることは見透されていて、為替ディーラーにとって買えば買うほど、価格が上昇して儲かる商品としてしか認識されていない。中国の人民元や韓国のウオンは、政府がしっかりとした為替管理を行っているのでそれほどボラティリティが高くなく、ディーラーにとっては、投資効率が低いので、投資対象としての魅力がない。同じような経常収支の黒字国でも、円だけが独歩高なのは、こうした為替管理に対する姿勢の差が大きいと思われる。
 円買いでボロ儲けをしている為替ディーラーの思惑を打ち砕くには、意外性があり、かつ粘り強い介入が必要である。しかし、ドルの弱体化は中長期的に見れば明らかであるので、無闇にドルを貯め込んでばかりでは能がない。外貨準備として、金を買うことも一案だが、現状はあまりに価格が上昇しているので、将来の値上りを見込めば、人民元とウオンのウェートを高めることを検討してみてはどうであろうか。まずは、円売り、ドル買いをして、そのドルで元買い、ウオン買いをすれば、外貨準備のポートフォリオとしてはバランスのとれたものとなる。
 東アジア地域の経済的地位の上昇に伴ない当然のバランスではないかと思われるが、併せて、中国製品、韓国製品との価格競争力の回復にも寄与する。
 日本政府がこのような方針転換をすることは、ドルの信認を著しく傷付ける可能性があるので、アナウンスメントについては慎重に行う必要があるが、ファンディメンタルが極めて危ういにもかかわらず、通貨だけが上昇し、国民が失業に苦しむという喜悲劇は回避できるのではないかと思われる。
(多摩大学大学院客員教授)

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<31> 日本の復興

 千年に一度の大震災から2カ月程が経ち、ようやく第一次補正予算が通り、復興にむけての議論が始まった。
 その間、日本のメディアも政権も、まるで時間が止まったかのように、海外の様々な情勢変化に一切係わりがないといった姿勢を取り続けている。
 まず、今年度の日本経済の展望であるが、日本銀行をはじめ、多くの機関の見通しは、おおむね一致しており、上半期マイナス、下半期には急激に回復し、年度で通してみると、わずかなプラス成長というものである。
 筆者もほぼ賛成であるが、懸念すべき点がいくつかある。第一に、管政権の対応があまりに稚拙なので、二次、三次と予想されている補正予算が、財源問題などを巡って混乱し、迅速に編成され、執行されないのではないかというリスクである。
 第二に、東北地方の製造業の打撃により供給が滞る部品の影響が、一般に言われているより深刻で、生産面へのインパクトもさることながら、急速に力を付けてきている中国等の部品メーカーへの代替が一気に進む可能性や、大企業の工場の海外移転の加速も懸念される。
 第三に、福島原発への対応が手間取り、かつ現政権の適切な対外広報戦略が欠如していることから、国際的な風評被害による観光産業や輸出産業への打撃が長引くのではないかといったことなどである。
 これらの懸念に適確に対応することが前提だが、日本経済にとって長年の課題であった有効需要の不足という問題は、GDPの計算の基礎であるフローのベースで解消していることは間違いないので一定の成長を遂げることは確実である。
 しかし、持続的な成長につなげていくためには、従来通りのバラまき型公共工事で、壊れた施設を元に戻すといったような対応ではなく、21世紀を代表する斬新な街作りを行い、東北地方の主要産業である農林水産業を一大輸出産業に生まれ変らせるような施策が検討されなければならない。
 今回の事態で一躍有名になった原子力保安院の西山審議官は、直前までTPP交渉の取りまとめ役であった。
当面は事故対応に集中せざるを得ないことは言うまでもないが、TPP交渉は、別に日本を待ってくれはせず、今年中には、そのフレームワークは完成してしまうはずである。
 この災害への対応も織り込んで、農業も含めた対外開放体制に移行しなければ、日本抜きの国際秩序が成立し、日本は鎖国時代に戻ったかのような内向きで展望の描けない国家になってしまうのではないか心配である。
(多摩大学大学院客員教授)

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<30> ねじれ国会

 本稿執筆時点(3月7日)における国会の混乱は目をおおうものがあり、平成23年度予算の円滑な執行が危ぶまれる状況にある。
 40兆円の赤字国債の発行が不可能となれば、日本経済への打撃は計り知れない。最後にはなんとかなるのではないかという楽観論が支配的だが、現在の民主党執行部の国会運営の未熟さと、野党自民党の硬直的な対応を見ていると、心配になってくる。
 つなぎ措置をとって、解散総選挙を行い、6月頃までに政権の組み換えを行い、予算の再編成をして執行するというシナリオが最も望ましいが、これらの各々の段階で正しい判断をし、前に進んでいけるかが危ぶまれる。
 特に民主党内にばらまきマニュフェスト死守派と、マニュフェスト修正派との内紛があり、二重にねじれていることが事態を複雑にしている。
 解散総選挙を行う場合、財政規律を重視するのか、ばらまきを続け民意の歓心を買おうとするのかは、現下の情勢では、最も重要な論点であるから、この2派は、別の党として戦うべきであろう。
 またTPPへの交渉参加問題も、ほぼ同様の対立構造にあるので、これも論点に加えるべきであろう。こうした決断が民主党執行部に出来るかが問題だが、これまでの経緯を見ていると難しそうに見える。
 また、自民党の対応も、客観的に見れば、現民主党執行部とほとんど意見の違いがないにもかかわらず、重箱の隅をつつくような質問を繰り返し、民主党内の内紛をいいことに政策の中身に入らず、解散総選挙を迫るというレベルの低い戦略に終始している。
 この2年間の実績を見てわかるのは、長年野党しか経験してこなかった民主党国会議員の実務能力の低さである。
 現在の自民党の現職議員は、あの大逆風の中で生き残ったベテラン議員が多く、マニュフェスト死守派を切った民主党と大連立を組んだ場合、内閣の要職を占めるのは、旧自民党がほとんどということも考えられる。
 この大連立は、選挙の前でも後でも良いが、この形で憲法改正を発議できる多数党を形成すべきである。もちろん、9条も提起すべきであるが、それ以上に、衆参がねじれたら、国政が停止するという現行憲法の欠陥を修正すべきである。
 現行憲法はアメリカ人が作ったため、議院内閣制の仕組みをよく理解していなかった可能性がある。欧州の二院制を持つ国は、予算だけではなく、予算関連法あるいは法律一般に、下院の優越を定めている場合がほとんどで、日本国憲法のような奇妙な構造はみられない。
 この点を改めたうえでの二大政党制なら大歓迎である。
(多摩大学大学院客員教授)

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<29> 2011年の課題

 2011年の見通しは、大方一致しており、サプライズはない。世界経済も2番底は回避しそうだが、米国・ユーロ圏は低成長にとどまり、一方中国、新興アジア諸国は、高めの成長を遂げそうである。
 日本経済も1〜3月は一時的な踊り場となるが、4月以降アジア向けの輸出が持ち直し、経済対策で追加された施策が執行されることにより、11年度前半の景気は下支えされるのではないかと思われる。
 しかし、人口減少、高齢化の進展を踏まえた日本経済の抜本的な改革に向けてのシナリオが現政権下では明確に示されていない。
 その中でも、税財政、社会保障の一体改革や地球温暖化対策への対応などは、おおまかな方向性では一致しているように見えるが、環太平洋経済連携協定(TPP)への加盟問題に関しては「開国」か「鎖国」かと、まるで幕末にタイムスリップしたかのような極端な議論が展開されている。
 農業団体や農水省は「TPPに参加すれば、国内農産物は大打撃を受け、農業経営は立ち行かなくなる」と声を揃えて反対をしている。では、日本の農業は国際的に見て、どのようなポジションにあるのだろうか。
 我が国農業の生産額は、年間8兆円程度であるが、この額はなんと世界第5位なのである。上位4カ国は、中国、アメリカ、インド、ブラジルで、先進国の中では、米国に次いで2位なのである。
 農水省の主張する世界でも類を見ないカロリーベース(世界的評価の高い牛肉は輸入飼料で育っているのでゼロにカウントされている)の自給率40%弱という数字に踊らされ、ダメな農業、補助金がないと継続できない農業というイメージを持っている人々が多いと思うが、この5位というのは衝撃的な順位で日本農業が違って見えるのではなかろうか。
 関税で守られている米、麦等の穀類を除けば野菜、果実、花卉、畜産物などの生産額ベースでの自給率は十分に高く、政策の如何によっては国際競争力を十分に持ち合うと考えられる。
 政府は強い農業の実現に向け「食と農林漁業の再生実現会議」を発足させた。TPP参加を契機に農業再生について、抜本的な議論を行い、所得が向上し、食への欲求が高まりつつある中国や新興アジア諸国への輸出に長期的視点から取り組めば、すでに世界第5位の農業大国である日本農業は、力強い成長産業に転換でき、製造業もTPPの域内では、ハンディなしに戦うことができ、車の両輪として日本経済の成長戦略に大きく寄与できるのではないかと考えられる。
 本問題については、菅総理のブレない政治決断が求められ、11年の最大の課題と言っても過言でないと思われる。
(多摩大学大学院客員教授)

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<28> グローバル人材の育成

 我が国の国際競争力を維持し、成長するためには、様々な局面でのグローバル化が求められており、とりわけ人材の国際化は重要な課題である。
 しかし、こうした期待とは裏腹に、我が国では、残念な事態が進行している。
 塩崎やすひさ代議士のメールマガジン「やすひさの独り言」621号から引用させて頂こう。
 「一昨日の晩、私が会長を務めるハーバード大学ケネディスクールの日本における同窓会があった。
 会長としての挨拶の際、ハーバード大学・大学院への国別留学生数の推移について話す。
 日本以外のすべてのG7国、韓国、そしてブラジル、ロシア、インド、中国なども留学生を大幅に増やし、キャンパス全体の受け入れ留学生総数が2584人(91―92年)から4007人(08―09年)に増えている中、日本だけが179人から107人へと激減させている。
 とりわけ増加が著しいのは、中国(220→421)、韓国(137→305)、インド(98→225)などで、他のアジア諸国もシンガポール、タイ、ベトナムなど軒並み増やしている。
 教育、研究分野で益々国境がなくなり、世界が一つになる大きな流れが加速する中、日本人だけがその流れに逆行している格好だ。
 なぜ日本人がここまで内向き、国内志向になり、世界に挑むことをしなくなってしまったのか。」
 驚くべき事態であり、塩崎代議士の慨嘆には全く同感だ。(ただ米国一流大学への留学生減少の背景には、それまで多くの留学生を送り出してきた金融機関の数が銀行、証券、生損保等の業界で大幅に減ったこともあるのではないかと思われる)。
 またグローバル化の進展に伴い、世界共通の国際コミュニケーション英語能力テストであるTOEICテストは、日本人により発案され、米国のテスト開発機関によって開発され、現在、世界約90カ国で実施され、様々な活用がされている。
 なかでも、韓国では、本家である日本での受験者数が180万人程度であるのに対し、200万人を超える人々が受験しており、韓国を代表する企業が採用、昇進の基準に利用している。
 例えばサムソングループでは、大卒新入社員の採用時に、730点以上を受験資格に設定している。
 また大学での入学試験、国家高等試験や国家資格試験でもTOEICが活用されている。
 我が国においても、真剣にグローバル化に取り組むのであれば、文法、読解中心型の受験英語から脱却して、TOEICテストに代表される実践的な英語へと方針を変更しないと、世界の潮流に大きく取り残されることとなる。
(多摩大学大学院客員教授)

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<27> 円高対策

 本稿で何度か円安が日本経済にとって必要で、それをベースに様々な経済活性化策を講じていかなければならない旨を述べてきた。
 その際に想定していたレートは100〜110円/ドルで、この水準であれば、大企業もさらなる海外立地は思いとどまり、中小企業にも一定量の仕事があり、中小企業なりの海外展開の可能性も生まれ、観光立国に向けての施策も意味を持つのではないかと考えていた。
 しかし、90円/ドルを割り込み、80円/ドルをうかがうような状況になっても有効な対策を講じようとしない政府・日銀には驚いて開いた口がふさがらない。
 なにか金しばりに遭ったように、具体的な対策に踏み出そうとしない日銀は何を考えているのかと思っていたら、「伝説の教授に学べ」という本で我が恩師浜田宏一先生が、今はやりの勝間和代さんと若田部教授との鼎談で、その原因をはっきりと指摘している。
 日銀というのは、世界で一般的に議論されている金融論、マクロ経済政策論とは著しく乖離したいわゆる「日銀流理論」にこり固まっているというのである。
 そのため、リーマン・ショック後、各国が金融緩和に取り組んでいる際に、一切スタンスを変えず、円独歩高を招き、世界の中で、最も厳しい景気後退を招いてしまったとのことである。
 従って、円高に対しては、財務省は積極的に円売りドル買いの介入を行うべきで、併せて日銀は、介入の国内効果を相殺しない非不胎化政策を採るべきで、そのオペレーションは、短期国債に止どまらず、長期国債、社債、株式などを買い上げる広義のオペレーションを行うべきであるとしている。
 このような世界では常識とされている手法が議論されないのは、日銀が国内の主要な経済学者を、国際シンポジウムへの参加などへの便宜を図ることで、囲い込んでいるからではないかとまで指摘している。
 為替介入については、単独では効果がないとか、一日20兆円以上の取引があるのに、1〜2兆円の介入などは意味がない等のコメントが見られる。
 しかし近年のコンピューター取引は売買を短時間に繰り返すことが可能で、わずかな価格差を利用して利益を得るトレーダーが大半である。その結果が取引量を膨らませるのであって、長期にわたってポジションを取るトレーダーはそう多くない。
 従って、明確なメッセージを示しつつ、政府が介入すれば、大きなインパクトがあり、その場合には、世界に恐れられるミセスワタナベも加勢することは間違いないので、日本政府の介入は決して孤独な戦いでない。勇気を持って取り組んでもらいたいものである(9月3日執筆)。
(多摩大学大学院客員教授)

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<26> 産業構造ビジョン2010

 先に経済産業省が発表した産業構造ビジョン2010は、久々に混迷する日本の政治経済情勢に一石を投じた力作と言って良い。
 今後日本は、何で稼ぎ、何で雇用していくのかについて、我が国の現状を憂いている各界の有識者を集め、省内の全組織の情報収集分析能力を活用して議論した結果である。
 その議論のスタンスは、耳あたりの良い「日本の強さ礼賛論」に陥ったり、自虐的な「悲観論」に走ったり、実態から乖離した「精神論」に終始することがないよう、冷静な事実分析に基づき、また各国政府がどのような対策をとっているか等を踏えた具体的な政策提案となっている。
 結論としては、政府民間を通じた「四つの転換」が必要であるとしている。
 第一に、従来の自動車産業依存型の「一本足打法」から、多様な産業群が日本経済を支える「八ケ岳構造」への産業構造の転換である。このため、戦略五分野として、「インフラ関連」「環境エネルギー課題解決産業」「文化産業」「医療介護等」「先端分野」が挙げられ、これらによる成長の牽引を提言している。
 第二に、企業のビジネスモデルを「技術で勝っても、事業で負ける」パターンから「技術で勝って、事業でも勝つ」モデルに転換する必要があり、これへの支援が求められるとしている。
 第三に、「グローバル化」と「国内雇用維持」の二者択一の発想からの脱却である。
 成長のためのグローバル化は不可避であり、併せて我が国の「立地の国際競争力」を高めるしか途はない。このため、国際水準を目指した法人税改革や物流インフラ強化を実現しなければならないとしている。
 第四に、政府の役割の転換である。
 世界の成長分野が環境エネルギーのような社会課題解決型にシフトしており、併せて、国家資本主義国等が台頭し、各国政府は、戦略分野の支援、誘致等に積極的に取組んでいる中、日本は、世界の競争のゲームの変化に遅れてしまった。
 今後は、市場機能を最大限活かした、新たな官民連携を構築しなければならないとしている。
 これらの戦略はいずれも当を得たもので、即座に実行に移してもらいたい。ただ、その大前提として、持続的な景気対策による景気回復が必要であり、特に、金融政策の一段の緩和が重要である。
 ファンデメンタルでは、先進国中最低と言われながら、為替が買われていく皮肉は、金融が引き締められているからで、日銀は勇気を持って、金利引下げに踏み切るべきである。
 異常な円高環境では、せっかくのビジョンの提言も空回りとなり、日本経済の成長も期待できない。
(多摩大学大学院客員教授)

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<25> 外需依存型経済再論

 前々回「円安繁栄論」で、現政権が目指している内需主導の成長がナンセンスであり、外需依存型経済への転換こそが、我が国を覆っている閉塞感を打開するために必要である旨を述べたが、今回は別の視点からこの点を論じてみたい。
 我が国はGDPに占める輸出割合は15%以下だが、中国では3割強から4割弱で推移している。その輸出が2008年末には瞬間的ではあるが半分近くまで落ち込み、さすがの中国も2009年のプラス成長は難かしいのではないかと思った。
4兆元の景気対策は、かなり思いきったものではあるが、これは09年、10年の2年間分の数字であり、09年の実際の支出は1兆元程度であった。
 日本と比べて乗数効果は高いもののこの景気対策の押し上げ効果は2〜3%程度にすぎない。
 にもかかわらず、中国経済は09年8%以上の成長を実現した。これは、輸出が、26年ぶりの前年割れではあったが、16%減の112兆円で、一方、輸入も11.2%減の94兆円、貿易黒字は34.2%減の18兆円という結果であったが、GDPにおける外需は(輸出―輸入)なので、そのウエートはそれほど大きくなく、堅調な内需の足をそれほど引っ張らなかったためである。
 すなわち、中国経済というのは、製品を含めて大量に輸入し、それにやや付加価値を付けて輸出しているので、輸出が落ち込めば、輸入もそれにつれて減少し、成長率にはそれほどのインパクトを与えてないという構造となっている訳である。
 しかし、雇用という点でみれば、輸入も輸出も膨大な働き口を提供しているので、消費や投資を通じて成長に寄与している。
 日本の場合、輸入は原材料が中心で、輸出は高度な技術を持った大企業のみといった構造で、国民経済全体への拡がりが欠けた特殊領域といった趣である。
 アジアの成長を取り込むには、製品輸入にも真剣に取り組みこれに、「クール・ジャパン」的な付加価値を付けて輸出するといった中小企業も参加できるようなインフラが用意される必要がある。
 ただその大前提として、日本企業の国際競争力を確保するためには、為替水準を対ドルでは110円、対元では1元=20円程度に引下げ安定させる必要があることは言うまでもない。これに加え、法人税率を引下げ、流動性のある労働市場の提供なども重要である。
 経済産業省が検討を進めているインフラ関連産業の海外展開のための施策の充実も大事だが、併せて、ボリュームゾーンをターゲットに中小企業を含めた内需型産業群の海外進出を応援する仕組みも検討に値する。
 民主党政権の再出発の目標は、国民に雇用の場を提供する成長戦略に他ならない。
(多摩大学大学院客員教授)

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<24> スマートグリッド

 オバマ大統領がグリーンニューディール政策の一環として「スマートグリッド構想」を提唱して以来、スマートグリッドという言葉が紙面に登場しない日はないと言っても過言ではない状況が続いている。
 しかし、これほど報道されてはいるがその具体的なビジネスの姿は見えてこない。
 これには、2つの側面があると思われる。
 第一に、グリッドに通信機能を付加して、負荷をコントロールすると言っても、その大前提であるグリッドの状況が国、地域によって大きく異なり、求められる機能、効果も異なる点があげられる。
 発信源の米国では、グリッドそのものが老朽化し、これの更新が必要だが、単純に送電網を置き換えるだけでは能がないので、ITの成果を取り入れ、21世紀の産業インフラとしてよみがえらせようという意図がある。
 また、エネルギー安全保証の観点から再生可能エネルギーの大量導入を目指しているが、これらの不安定なエネルギーを系統に連係するための新たなシステムが必要という背景もある。
 一方、欧州では、これまで域内自給率向上のため、積極的に再生可能エネルギーを導入してきたが、系統安定化のため、国際間連係を強め、系統運用技術の精微化により、なんとか対応してきた。
 しかし、さらなる再生可能エネルギーの導入に対しては、新たなグリッド制御システムの導入が必要という状況にある。
 また、中国やインドのような新興国では、再生可能エネルギーの導入に一定の努力をしているものの、それ以前の問題として経済成長に見合う電力の供給の確保に力点を置かざるをえない。
 すなわち各市場によってグリッドビジネスの求められているものが違うということである。
 第二に、我が国固有の事情としては、配電自動化も完了し、世界最高品質の電力供給が実現している電力系統に、今後再生可能エネルギーが大量導入されるのではないかという将来の話が前提で議論が行われている点が現実感を伴わないゆえんである。
 再生可能エネルギーの全量買取PTが示した試算で、太陽光以外の再生可能エネルギーを1キロワット当たり20円で15年間購入すると、国民負担が8千億円になると示されていた。
 しかし、エネルギー安全保障上の意義なども示さず、単に負担額だけを国民に呈示するやり方は不親切に思われる。
 また、電気料金で回収すれば、かなり逆進的な制度となるので、ガソリン税の暫定税率分を環境税とし、これで賄う方法もある等も示すべきではないかと思われる。
 すなわち議論の前提である再生可能エネルギーの大量導入への施策の腰が定まっておらず、不確定な所もスマートグリッドビジネスを見えにくくしている要因である。
(多摩大学大学院客員教授)

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<23> 円安繁栄論

 なんとか2010年度予算の年内編成を終えた民主党政権だが、その仕上がりを見て、多くの識者が指摘するのは、この政権は、日本をどのような国にしようとしているのかということである。
 成長戦略はない(年末に発表された成長戦略は財源の裏付けも規制改革の方向性もない単なる絵に書いた餅にすぎない)し、財政再建に向けての道筋も描かれず、論点といえばマニュフェストを守ったかどうかだけだった。
 そこで改めて、日本経済はどのような方向を目指せばいいのかを考えてみたい。
本欄で度々主張したように、急激な景気後対局面にケインズ的財政政策は必要であり、今回の経済危機では世界各国が協調してこれを実施したことで当面の危機が回避された。
このことから明らかのように、ケインズ政策は有効に機能する訳でこのことは今や世界の常識である。
 しかし我が国にとっては、世界各国の回復に比べると遅れをとっているし、こうした状態が20年近く続いているということで、短期のケインズ政策の有効性とは別に、何か根本的に経済政策の誤りがあるのではないかという気がしてくる。
 この2つの事象に共通する要因は、急速に発展するアジアの需要を取り込めていないということであるが、その大きな理由は、日本経済の実力に見合わない為替水準すなわち円高である。
 この四半世紀、日本は何度かの円高に襲われたが、2000年から07年までは円は比較的落ち着いており、この間発展するアジアの輸入量は2.2倍になったが、日本からの輸出量は1.7倍と、ほぼ同じペースで伸ばすことができた。
 日本の今後の成長を考えると、発展するアジアの需要を取り込むこと以外は考えられないが、それを現地生産ではなく、輸出という形で成し遂げなければ、プラスとはならない。
 もちろん個別の企業にとっては、どちらでも良く、円高になれば、現地生産のウエートを増やせば良い訳だが、日本での雇用は失われる。
 かつて日本の大幅な貿易黒字が国際的な問題となり、ゆるやかな円高と内需依存型経済への転換という命題が設定されたが、この呪縛が今も解けず、イノベーションで世界をリードする産業群を創出し、円高を克服していかなければならないという問題設定が繰り返し語られることとなる。
 しかし冷静に考えてみれば、日本の貿易黒字は中国に比べればささやかなものとなり、何ら問題視されなくなった。
 また少子高齢化の日本で内需が大きく成長するというシナリオはあり得ず、内需依存型経済ということ自体ナンセンスである。
 さらに中国の成長は著しく、これを圧倒的にリードするイノベーションはそれほど多くない。
 これらを総合的に勘案すると、ゆるやかな円安(為替水準の中長期な安定ということでもよい)と、外需依存型経済への政策転換が、日本経済の繁栄につながるのではないかと思われる。
(ベンチャーエンタープライズセンター顧問)

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<22> 行動経済学

 民主党新政権の経済政策は未だ混乱しており、作業は進められているものの、明確な方向性が示されていないため、評論のしようがない。
 しかし、年内予算編成という方針だけは固まっているようなので、前号で心配したような政策の失敗による景気の腰折れの可能性は低くなりつつあるように思われる。
 防衛費とほぼ同規模の子供手当ての創設や、マイナス25%を国際的に一方的にコミットしておきながら、CO2排出を促進するガソリン税の暫定税率を廃止するなど、常識的に見ておかしな政策は未だ方針転換は表明されていないが、これまでの経緯を見ていると、案外あっさりとマニュフェストで約束したことを撤回しているので、2010年度予算も比較的常識的なものに落ち着きそうに見える。
 選挙前にはあれほどチェンジを求め、マニュフェスト選挙をはやしたマスコミ各紙が、個々の政策ではマニュフェストにこだわるべきではないとの論陣を張っていることには違和感を感じるが、このことも政策変更を後押しするに違いない。
 いずれにしても、史上最大の概算要求は、いくばくかの査定を経ても、景気を下支えするに十分な規模の予算水準になり、中国をはじめとする新興国の景気回復もあり、我が国経済もゆるやかな回復基調を維持すると思われる。そこで、今回は、話題を変えて、今般の金融危機で注目を浴びている「行動経済学」について触れてみたい。
 筆者は、多摩大学大学院で社会人学生を相手に行動経済学を教え始めて数年になるが年を追う毎に、認知度が高まり、学生の反応もポジティブなものとなってきている。
 行動経済学とは、認知心理学の成果をとり入れた経済学の理論で、人間の行動に対する考え方が標準的な経済学とは異なっている。ミクロ経済学を初めて学ぶ時、多くの人が感じる違和感すなわち「情報を完全に収集でき、それを合理的に分析し、自分の利益を最大化するように行動する」という経済人の仮定を疑い、人間は、十分な情報を収集することはしないし、必ずしも合理的ではない片寄った判断をしがちな存在であるとする理論である。
 行動経済学では、長期的な目標達成や成功よりも現在の利益のほうに強く引き付けられるという「現在志向バイアス」を指摘するが、標準的な経済学者は、人々の自己利益最大化と長期的安定への欲求は何物にも勝り、目先は大きな利益を生むけれども将来的には組織を危機に陥れかねないような衝動に負けてしまうはずがないとする。
 しかし、今回の金融危機では残念ながら、関係した金融機関や格付会社などはいずれも現在志向バイアスにとらわれていた訳である。
 行動経済学は一般的な理論化も不十分で、経済的不祥事に万能な回答を用意する訳でもないが、少なくとも伝統的経済学のように経済人の合理性に過度に期待し、何もしなくても全てうまくいくといったナイーブな議論よりましな面があり、今後研究を深めていくべき分野だと考えている。
(ベンチャーエンタープライズセンター顧問)

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<21> 政権交代

 真夏の長期にわたる選挙戦を経て、さしたる有効な反撃もできぬまま、自民党は下馬評通り、大敗を喫し、戦後初の本格的政権交代が実現した。
 本欄でたびたび述べたように、リーマンショック以降の世界同時不況に麻生政権は欧米各国や中国などと協調して、積極財政運営を行い、世界経済が奈落の底に落ち込む事態を救ったと評価できる。
 「需要の蒸発」と表現されたほどの急激な有効需要の減少に直面し、かなりの市場原理主義的な経済学者でも財政の出動に異議を唱えることはなかったが、麻生政権の累次の景気対策は、タイミングの点でも規模の面でも、これまでのバブル崩壊後のどの政権よりも大胆かつ積極的であった。
 麻生総理でなく、従来レベルの景気対策であれば、景気後退はより深刻化していた。そのような実績が十分に評価されることなく、自民党崩壊の責めを負うことは無念に違いない。
 バブル崩壊後の経済政策は、中途半端な景気対策とわずかな回復の兆しを捕えた財政再建策の登場というストップアンドゴー政策の繰り返しで、経済政策の失敗の教科書的事例として定着している。その間の国民経済は著しく劣化してしまった。
 また、中国をはじめとする新興国の発展により、生産要素市場の均等化プロセスを経て、我が国の生産人口の3分の1が非正規雇用となり、年収200万円以下の労働者が1000万人という状況に立ち至った。この責任の一端は自民党政治にあるが、外的環境の変化による部分が大きい。
 こうした閉塞感を打破すべく登場した小泉政権は構造改革を推進したが、その実相は、田中角栄以来の道路、新幹線、郵便等の全国ネットワークを整備して、地方の格差を是正するという経世会支配の自民党政治をぶっ壊したに過ぎず、プラス面では一部のアダ花的都市型産業の出現に手を貸したに過ぎない。
 小泉構造改革の負の遺産を改善しようと取組んだ3代の首相は、その方針の不明曖昧さゆえマスコミの支援も得られず、このまま自民党に任せておいても、国民生活が良くなることはないと多くの国民が感じて、今回の政権交代に繋がったのであろう。決して民主党のマニュフェストに共感しての選択ではなかったと思われる。
 官僚が国民の財産を掠め取っているので、それを取り戻して国民に分配すれば皆が幸せになれるというような誤った認識で政権運営をされたのではたまったものではないが、与党になってしばらくすれば、こうした誤解は解けると思う。
 しかし、心配なのは、成長戦略の欠如と景気認識の甘さである。小康状態を保っているとはいえ、世界経済はまだまだ不安定であり、我が国経済も大型補正公共事業の前倒し発注でかろうじて回復傾向を示しているが、下期には財政面での対策が息切れる懸念がある。09年度補正の執行停止、10年度概算要求の白紙撤回などと言っていると、90年代に何度も見た二番底、三番底の再来が懸念される。
(ベンチャーエンタープライズセンター顧問)

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<20> マニフェストを予算化せよ

 経済学などの社会科学は物理学などの自然科学と異なり、その理論を照明する為、分析対象を用いて実験ができないといわれている。
 その為、様々な理論が、どちらが正しいかの決着がつかずに併存するという現象も生じている。しかし、最近は実験経済学という分野も生まれ、少し様相が異なってきた。
 小泉構造改革は、低成長下でも政府の役割を縮小させることで民間活力を引き出し、再び成長軌道に乗せることができるという理論を実証する為の社会実験を行ったという意味で、興味深い例であった。しかし、この実験は所詮自民党政権の中での改革であり、郵政民営化という、それほど国民経済にとっては影響のない課題を最大の成果として終り、日本経済に致命的な打撃を与えることはなかった。
 しかし現在底を打ったとはいえ、大幅な景気後退に見舞われている日本経済を対象に、この改革をはるかに上回る規模の実験が行われようとしている。
 最近の世論調査などを見ていると、来るべき総選挙では政権交代は既定の事実で、ポイントはそれがいつになるかだけといった風情である。政治の世界は、一寸先は闇なので何が起きるかはわからないが、本当に民主党政権が実現したら何が起るかは考えておかなければならない。
 そこで民主党の政権公約を見てみると、10年度にガソリン税などの暫定税率の撤廃や高速道路無料化の一部実施、高校の無償化、子ども手当ての支給など、国民受けを狙った施策が並んでいる。
 その後、年金制度改革、農業の戸別所得保障などを行い、その経費は10年度で7兆円、13年度には17兆円程度になるという。
 問題は財源だが、無駄遣いの是正や「埋蔵金」で賄うとしており、明確ではない。選挙がいつになるかによるが、仮に10月に民主党が政権に就くと、その時すでに各省庁は来年度の概算要求を編成し終っているので、民主党の各大臣、副大臣等は事務方の所管事項説明を受け、すぐに予算の組み替えのためのヒアリングを始めなければならない。そのプロセスの中で、要求内容を正確に理解し、無駄を発見し、事務方に予算を組み替えさせるという作業を行わなければいけない訳だが、これは大変な時間とエネルギーを必要とする。
 また事務方の中には、協力的な人々もいるだろうが、必ずしもそういう人ばかりでもない。従って7兆円の財源を生み出すことは多大な困難を伴うと思われ、政府予算原案の策定は年を超え、年度内成立もできないという事態も懸念される。
 政策自体も地球環境問題から見ていかがかと思われるものもあるが、百歩譲って政権党が実現したい政策は実施するとして、7兆円もの財源の無駄使いを摘発してひねり出すと言う愚挙はやめて欲しい。
 こうした社会実験で、ただでさえ弱っている日本経済にとどめをさすということにならないことを祈るばかりである。
(ベンチャーエンタープライズセンター顧問)

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<19> 日本のグリーン革命

 世界各国の景気対策が出揃ったことにより、今年度の世界経済は、下期以降底を打ち、回復に向かうのではないかという雰囲気が出てきた。
 本稿において累次に渡り説明してきたように、住宅や自動車購入といった消費が低迷し、設備投資にまで影響を与えるような経済情勢において、公的セクターが景気対策という通常の経済行動とは全く異なるロジックで需要を増加させるという政策は、少なくとも当概年度において、経済を浮上させる効果がある。
 ケインズが「穴を掘って埋めてもいい」と言ったと伝えられているように、金に色はついていないことから、どのような支出であっても景気対策としての効果はあるわけである。しかしながら、せっかく国民から徴収した税金を使って対策を講じるのであるから、そうした意味で中長期に見て当該国の発展に繋がるような分野に政策資源が投入されることが望ましいことは言うまでもない。
 09年度の我が国の補正予算は、省エネ家電や省エネ自動車への購入補助といったこれまでの発想とはかなり異なった前向きな対策があり、また再生エネルギーの導入補助も対象を拡げ、スマートグリッド対策も計上される等、オバマ政権のグリーンニューディールに倣った我が国のグリーン革命の端初となる施策が織り込まれている。
 こうした施策が単なるバラマキに終るか、我が国経済の正しい構造改革に繋がるかは、施策の継続性とそれらの施策の背景となる理念の有無によると思われる。
 こうした意味で、米国のグリーンニューディール政策の背景になったといわれるトーマス・フリードマンの「グリーン革命」は一読に値する著作である。
 「フラット化する世界」でも評判を呼んだ同氏は続編とも言うべき本書で、地球環境問題の深刻化、世界各国でのミドルクラスの急激な勃興、急速な人口増加により、地球が極めて不安定な時代に突入しようとしている旨を指摘している。
 とりわけ資源価格の上昇により、資源国の独裁政権は、資金が潤沢となることで一層独裁的性格を強め、オイルマネー等が減少していた時期に進められた民主化等のプロセスが逆行する現象が多々生じている。日本を含む先進国は資源を依存しているが故に民主化要求などもできず外交面で見ても資源国に隷従するような状況が生じていると論じている。
 従って資源国への依存度を低減すると共に地球環境問題の解決に資するべく、自国内で対応可能な再生エネルギーの本格的開発は必ず世界経済に良い影響をもたらすので、産業革命に匹敵する規模でグリーン革命を推進することが必要としており、全く同感である。
 我が国においても09年度補正予算で示された政策が、今後10年度当初予算にも引き継がれ、グリーン革命の第一歩を踏み出すことを切に望むものである。
(ベンチャーエンタープライズセンター顧問)

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<18> トヨタショックの影響

 我が国の08年10〜12月期の実質GDP成長率(年率換算値)が、マイナス12.7%で、4半期ベースで戦後2番目に悪い数字となったことは、多くの人に衝撃をもって受け止められた。
 その要因は、海外の景気後退による輸出の減少と関連する設備投資の落ち込みであるが、マイナス幅の大きさと前期の数字との落差には驚かされた訳だ。これをひとつの現象で説明するのは無理があるが、あえて暴論として聞いて頂きたい。
 トヨタ自動車は、今や世界的に見ても、最も優れた会社といっても過言ではなく、少なくとも我が国においてはNo1企業であることは間違いない。その会社が所謂「トヨタショック」と言われるほど業績を悪化させたことは周知の事実だが、その対策も徹底したものだった。
 米国市場を中心とした需要の落ち込みに対応して、生産調整と在庫の圧縮を行うと共に諸経費の削減にも全力で取組んだ結果、5月以降の増産に向けて目途をつけつつある。
 こうした取組みの影響は、トヨタの関連企業に留まらない。なぜなら、最優秀で前年度に2兆円以上の利益を計上したトヨタがあれほどの体質改善に努力をしているのに、それ以外の我が国のグローバル企業が構造改革に取組まないことは、許されるはずもなく、実際各社ともトヨタと同様の措置を講じた。
 我が国の2大産業である輸送機械と電気機械分野の概ねの企業が、構造改革に取組んだ結果が鉱工業生産指数の急激な落ち込みであり、GDPの数値に繋がった訳である。
 その他にも政治の混乱、消費の低迷等の要因もあるが、サプライズを生んだ背景にはこうした連鎖反応とも言うべき現象があったと思われる。
 では、なぜグローバル企業が、こうした対応を取るかについては、ロバート・ライシュの『暴走する資本主義』に余すことなく描かれているが、スーパーキャピタリズムの原理は、昨今の金融危機によって消滅した訳ではなく、流動性の減少により、さらに厳格化したと言える。
 中谷厳は『資本主義はなぜ自壊したのか』で、このスーパーキャピタリズムの冷酷さに、慨嘆しているが、彼が懺悔したところで温かな資本主義が戻ってくるはずもない。
 世界の金融市場において、利益をあげない企業が生き残れることはなく、その為に各社が懸命に努力することは当然の行動であり、この努力が合成の誤謬によって、総需要を減少した場合、政府が有効需要を供給しなければならないことは、本稿で度々説明してきた。
 この政府の施策と合わせて、トヨタをはじめとしたグローバル企業の迅速な対応により、在庫調整がかなり進展したことにより、この春以降の生産の回復は大方の予想よりも早まるのではないかと期待できる。
 将来を展望できるような施策を盛込んだ2009年度補正予算の編成が加わればさらに景気回復の目途は広がるものと思われる。
(ベンチャーエンタープライズセンター顧問)

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<17> 2009年の展望

 新年を迎えて、様々な機関が2009年を展望しているが、当然のことながら、悲観論一色である。08年秋以降のリーマンショック、トヨタショックによる経済の急変に、派遣切りなどの社会的現象が加わってパニックに近い心理状態の中で策定された予想なので、やむを得ない面もあるが、「満場一致の議決は無効」というユダヤの教えに倣って考えてみると、あえて楽観論を唱えてみたくなる。
 総理の「100年に一度」の経済危機というフレーズは人口に膾炙し、大恐慌本がベストセラーになるなど、世界同時デフレの可能性を示唆する識者も少なくない。
 確かに、長期に亘って過剰消費を続けた米国経済の調整は長引く可能性はあるが、オバマ新政権による財政出動は極めて大規模であり、消費の落ち込みや民間設備投資の抑制を補って余りある水準となっている。
 日本人の多くは、長く続いた平成不況の間、何度も景気対策を実施しても景気は回復せず、財政出動はしないと宣言した小泉政権下で、たまたま実質成長率がプラスに転じたことから、財政出動をしても効果はなく、かえってその後の増税の予想によって景気の足を引っ張るものではなかと思い込まされているが、これは、世界的にみると一世代前の市場原理主義者の議論である。
 実際には、バブル期に積み上げた過剰資本ストックの調整のため、バブル崩壊後は設備投資が急激に落ち込み、これを補うための財政出動の額が不十分であり、しかも日銀の量的緩和が遅れ、若干景気が上向くと、財政再建路線が復活するという不徹底な経済運営が原因であり、米国や欧州、中国は、この日本という反面教師の失敗を十分に学び、正しい対策をスピード感を持って打っている。
 30年代の世界大恐慌は、財政出動もなく、中央銀行も資金供給を大きく増やすことなく、民間経済に自律的回復を待つという政策に終始したため、米国のGDPは半減し、ニューヨーク証券取引所の時価総額は10分の1になるといった事態を招来した。この事件の経験と、平成不況の教訓から、各国政策は大胆な経済政策を展開しており、この効果は、本年後半以降はかなり効いてくるものと思われる。
 したがって、世界大恐慌の再来という可能性はほとんどなく、場合によっては、中国・インドなどの新興国を中心に景気回復が顕著に見られる可能性もあると思われる。
 日本経済に限ってみても、2次補正と09年予算の早期成立が図られ、日銀が量的緩和に躊躇しなければ、5・6月頃からは、一部業績については、明るい数字が出てくる可能性もなくはない。
 とりわけ、オバマ新政府が力を入れている新エネルギー関連業種については、輸出の回復も期待でき、政治の混乱さえなければ、2009年後半は一定の回復が期待できると思われる。
(ベンチャーエンタープライズセンター顧問)

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<16> 景気対策再論

 2008年10月は、今後世界経済の歴史に永く記憶される月となることだろう。
 麻生総理の「100年に1度」という表現は決してオーバーではなく金融資本主義の終焉と世界同時不況の開始という意味で、20世紀の世界大恐慌に匹敵する経済的大事件の続出した月であった。
 金融市場における大混乱は一応納まり、小康状態を保っているが、実体経済への影響は今後本格化していくものと思われる。
 米国におけるクレジットクランチの影響は世界経済の拡大を牽引してきた米国消費の縮小へとつながり、欧州各国やBRICsを初めとする新興国もその影響を免れることはできない。
 こうした状況に対する日本政府の対応は、例外的に素早いものであった。解散総選挙を大前提に政府の政策を評論するという歪んだ報道姿勢が大勢のため、世界経済における日本の役割を踏まえた正しい決断であることが認識されないことは残念である。
 マクロ経済学は実験ができないことから、この時点で景気対策第二弾を策定せず、その結果デフレスパイラルに陥り、GDPが20〜30%も落ち込むということを体験することはできないため、こうした措置の正しさを証明することは困難であるが、現在主要国のほとんどの政府が積極的な財政出動を行い、経済の落ち込みを防ごうとしている。
 こうした事実はあまり報道されず、報道したとしてもひとり日本政府だけは赤字国債発行による景気対策はやってはいけないかの論評が多いが、刷り込みというものは恐ろしいものだと思う。しかし世界の主要国が足並みを揃えて財政金融政策を総動員すれば、当面の景気の大幅な落込みを防ぐことは出来ると思われる。
 ただ問題はその後であり、これまでの米国の役割をどこが代って引き受け、どのような産業が世界経済の成長の原動力となっていくかが不透明である。
 金融セクターが実体経済以上の成長を遂げリーディングインダストリーになっていくというシナリオは崩壊した。またエネルギー価格の高騰による環境産業の成長への期待も価格上昇の沈静化により中途半端なものとなっている。さらにバイオ産業やIT産業についてもかつて期待されたほどの成長を示していない。
 しかも米国においては、常にその活力の源泉であったナスダック市場における新規株式公開が数カ月にわたって途絶えるという想像もできない事態が起っている。すなわち資本主義社会における新陳代謝のメカニズムが機能不全に陥っているということである。
 大変な経済情勢の中、「政局より政策」は極めて正しい選択であり、不測の事態を防ぐため第2次補正の早期成立はもとより、2009年度予算を年度内に仕上げることが重要である。
 その上で2010年度に向けて、成長加速のための予算案を両党が示した上で国民の審判を仰ぐことが望ましいと思われる。
(ベンチャーエンタープライズセンター顧問)

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<15> 国民背番号制の導入を

 米国のサブプライム問題に始まった経済の混乱は、今や世界同時不況の様相を呈してきており、日本経済の景気後退も誰の目にも明らかとなってきている。政府与党においてもその認識は共有され、大型の経済対策が講ぜられることとなった。
 この対策に対して相変らず選挙対策だ、バラマキだといった批判が多い。小泉構造改革路線にすっかり洗脳されてしまった人々のステレオタイプな反応は残念だが、外需依存でかろうじてプラス成長を維持してきた日本経済が世界同時不況の中でどうやって景気を維持することができるというのであろうか。
 民間経済は企業も個人も景気後退となれば、節約を始めるものであって、日本経済が大変なのでこの際消費を増やそうとか設備投資を積み増そうとかは普通考えないものである。日本経済の中で唯一そういった考え方をするのが政府であって、そうした支えがなければ、いったん景気後退が始まればデフレスパイラルが発生し、倒産失業の連鎖で、多くの貴重な経済的資源を失うこととなる。今日では多く先進国の政府は、福祉や健康保険に多額の支出を行っていることから、何ら経済対策を講じなくても赤字国債を発行して、これらの経費をまかなう必要があるので、結果的に消極的な景気対策を行ってしまうことがある。
 これが小泉竹中経済政策の実態であり、小泉政権下では一度も積極的な経済対策を行わなかったにもかかわらず、赤字国債の発行残高は大巾に積み上がったのである。したがって景気後退局面で景気対策をやるかやらないかではなく、どのように巧みに積極的な手を打つかということが大事だということである。
 そこで具体的な提案だが、改めて国民背番号制の導入の是非について議論を行い、その導入と併せて政府の保有している様々な個人情報を一元的に管理する一大プロジェクトを検討すべきである。これまたプライバシーの侵害だとか個人情報保護法の趣旨がわかっていないのかといった批判が飛んできそうだが、そもそも政府に知られて困る情報とは何であろうか。この制度の第一のメリットは現在最大の政治課題と言ってもいい国民年金のデータ照合に政府全体で取組むことができるという点である。社会保険庁の保有しているデータだけでは、最終的な突き合せは困難であり、住民基本台帳や税のデータを多角的に活用することが必要である。さらに健康保険のデータと税、年金のデータとの接続により後期高齢者保険制度のようなおそまつなさわぎは防げるはずである。
 すなわち各省庁で管理している様々なデータを省庁の垣根を越えて管理することで、真の電子政府が実現し国民ひとりひとりにきめ細かいサービスが提供できることとなると思われる。
 このような前向きな経済対策を提示し、国民一丸となって景気後退に立向かうべきであろう。
(ベンチャーエンタープライズセンター顧問)

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<14> 原油市場のカラクリ

 原油価格の高騰が止まらない。100ドル/バレルを超えたときは驚いたが、いまや200ドル/バレルになるかもしれないという予測を「冗談でしょ」と言い切る自信が持てないほどの状況である。
 こうした価格高騰の背景を、中国・インドなどの新興国の経済成長による需要増とOPECの生産調整による世界的な原油需給の逼迫によるものと考えている人が多いようだが、これは要因のひとつにすぎない。
 最大の要因は、米国国内のガソリン需給の逼迫にある。米国の製油所は、1970年代半ば以降、新設されておらず、老朽化が進んでいるばかりか我が国の製油所では常識となっている脱硫装置や重質油分解装置の増強が十分に行われていない。
 一方で、米国の人口は1967年には2億人であったものが、2006年には3億人を突破し、40年間で50%も増加している。しかし公共交通機関の発達していない米国で、自動車なしの生活は考えられない。
 したがって、ガソリン需要は大幅な増加を示しているが環境規制の厳しい米国ではガソリン輸入によってそれをまかなうという手段も限られてしまう。したがって、製油所も少なく、環境規制の厳しいカリフォルニア州などでは、ガロン当り4ドルという数年前までは想像も出来ないほどの価格となってしまった。
 原油価格はこうしたガソリン価格からネットバックして算出される値が参考とされるので、WTI(ウェスト・テキサス・インターミディエート)原油という米国産の原油価格は、おおむねこれに沿った動きをしている。
 こうした事情は、全く、米国国内の特殊性に基づくものであって、世界の原油需給を反映したものではない。
 しかし、不幸にして、ニューヨーク商業取引所(NYMEX)で取引されている、WTI原油がたまたま世界のマーカー原油として認識されているので、この動きにつられて、世界中の原油価格が高騰しているというのが真相である。
 さらにNYMEXでは商品先物市場であるにもかかわらず、実需に基づかない投機の建玉を無制限に認めていることから資金量の豊富なファンドの投機資金が大量に流入して、相場を押し上げていることも要因となっている。
 ただし、投機資金といえども、動きを増幅させることはあっても需給状況等のファンデメンタルと無関係に相場を動かすことはできないことに留意が必要である。
 したがって、短期的な対策としては、実需に基づく適正な相場形成のためにNYMEXにおいても東京工業品取引所で行われている建玉制限措置を導入することは一定の効果があると思われるが、中期的には、省エネルギーの推進や製油所の新設、重質油分解装置の増設等の措置がとられるべきであろう。
 これらの措置により適正価格への回帰は可能と考えられる。
(ベンチャーエンタープライズセンター顧問)

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<13> バイオベンチャーの悲劇

 ベンチャー企業の支援機関のひとつであるVECに着任して2年が経とうとしているが、この2年間でベンチャー企業への風向きが大きく変わった。そうした逆風下で最も大きな影響を受けているのが、バイオベンチャー企業群である。
 京大の山中教授に代表されるように世界のバイオ研究の最前線でも我が国の研究陣は、一定の存在感を示している。
 こうしたバイオ研究を産業化するに当っては、我が国ベンチャーキャピタル(以下VC)業界も大きな役割を果たしており、その歴史は約10年と浅いものの、約100社のバイオベンチャー企業に対し、推定1500億円のVC投資が行われている。
 しかしながら、昨今のバイオベンチャー投資環境の急速な悪化により、これらの投資の大宗が、水泡に帰すかもしれない危機的な状況にある。
 まず、環境悪化の最大のものは、一昨年来の新興株式市場の株価低迷と上場審査の厳格化等により、VC投資にとって、唯一と言ってもよい出口であるIPO企業数の大幅な減少とその公募価格の低迷である。
 その結果、最近やっと新規上場を果たした某創薬ベンチャーの初値のあまりの低さに多くのVCがショックを受け、今後のバイオベンチャー投資の凍結やバイオベンチャー株の売却を指示したなどの噂が駆け巡っている。
 我がVECが毎年実施しているVC投資動向調査でも、バイオベンチャー向け投資のウェートが年を追うごとに低下している傾向は見られるが、2008年度には、そのシェアがほとんどなくなってしまうのではないかと危惧されるほどである。
 このためすでに、臨床実験フェーズUやVといった開発ステージに到達し、今後数年で上場も可能と目される有力バイオベンチャーですら、さらなる資金調達が困難な状況にある。
 そもそも、バイオベンチャーは、米国においても極めてリスクの高い投資と認識されており、研究ステージから最短でも10年程度経過しなければ売上が発生しないという特殊なビジネスで、このため連邦政府の研究開発予算、大手製薬メーカーの資金援助とVC資金が有機的に連携し、長期にわたりかつ、多額に投入されることで成り立っている。
 これに対し、我が国では、研究ステージでは、公的資金は重点分野として、投入されているものの、開発ステージに移行してからは、かなり早期の段階から民間VCからの資金供給のみが支えるという構造で、ここ数年は推移してきたが、上述したような環境悪化により、民間VCでは、これ以上リスクを取りえないという状況に立ち致ってしまった。
 こうした事態を放置していれば、バイオベンチャーの芽はおおむね枯れ、優秀な人材の海外流出という結果になりかねない。
 今後政府においても、こうしたバイオベンチャーの危機的状況を救う手立てを真剣に検討すべき時期にきていると思われる。
(ベンチャーエンタープライズセンター理事長)

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<12> 暫定税率(ガソリン税)

 ガソリン税暫定税率を巡る議論が混迷を極めている(本稿執筆時2月末)が、この問題は、我が国政治経済にとって、長期にわたる影響を与える点が様々含まれているので、整理をしてみたい。
 まず、国の予算には、歳入と歳出という二つの側面があるが、これを同時に議論することで生じる混乱がある。
 暫定税率を廃止して、ガソリンの値段を下げるという行為は、専ら歳入に係る議論である。
 京都議定書の第1約束期間が始まり、国内努力だけでは、全く遵守出来ない状況にある我が国において、ガソリンの値段を下げて、その消費を刺激しようとする政策は、その増分だけCO2排出量が増加するのだから、国際的にみて受け入れられるはずもない。
 当初は、道路を造ってなんで環境にいいのかといった歳入歳出不可分を前提とする議論などで混乱が見られたが、最近は理解がだいぶ進んで、世論調査でも、引下げを求める声はかなり減ってきている。
 一方で歳出面では、暫定税率を10年間延長して、59兆円の道路整備を行うという中長期の道路整備計画が妥当かという問題と、2008年度予算で箇所付けされた道路に必要な財源をどう確保するかという問題は、全く別の議論である。
 小泉内閣以来の道路政策の構造改革路線からすれば、59兆円という数字には、精査が必要であり、一般財源化(個人的には特定財源なので環境対策に充当する方が望ましいと思う)の議論も含め、見直しは可能と思われる。
 しかし、2008年度予算に限ってみれば歳出予算については、衆議院が優先されるので可決され、歳入を担保する税に関する法律が通らないというのでは、国の予算制度そのものが揺らいでしまう。
 現状は、たまたま与党が衆議院で3分の2の議席を有しているので再議決が可能であるが、来年には任期が来る衆議院が総選挙を行えば、現状の議席を維持する保証は全くない。
 衆参ねじれ現象下で国政は大きく停滞するという事態が何年にもわたって続くということが懸念される。
 2院政をとっている諸外国で、日本ほど中途半端な優位制をとっている国はなく、予算条約のみならず、法律制定を含めて全ての意思決定で、どちらか一方の院の優位が定められている。
 せめて予算・税・予算関連法を一体として優位を規定しておかなければ、新年度からの行政が円滑に執行されないことになり、国際的に見て極めて問題である。
 これこそ、憲法改正の喫緊のテーマではないかと思われるが当面は、次善の策として、予算策定過程で与野党協議を行い、予算税制及び予算関連法については前年末までにすり合わせを終え、通常国会に臨むという仕組みが構築されるべきであろう。
 今年のような状況が毎年繰り返され、国民経済が人質に取られた様な状態が続くようだと、海外からの資金がさらに逃げていくことになりかねない。
(ベンチャーエンタープライズセンター理事長)

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<11> サブプライムローン問題

 米国のサブプライムローン問題は、07年に起った様々な経済問題の中でも、最も深刻でかつ長期に影響が及ぶものとなろう。
 問題自体は様々に報道されているので、改めて説明する必要はないと思われるが、事の本質は、金融工学と呼ばれる金融上のリスクを軽減する仕組みにあることから、まず、これまでの金融技術の発達の歴史について概観してみたい。
 資本主義経済は、経済活動に伴うリスクをコントロールするため様々な金融技術を生み出してきたが、古くは株式会社制度や保険制度などが主なものであった。
 しかし、80年代後半以降、先物やオプションといった「金融派生商品」が活発に取引されるようになり、米国等は、脱工業化の切札として金融業の発達に力を入れるようになってきている。
 サブプライムローン問題に用いられた仕組みは、証券化技術と呼ばれるもので、金融機関の保有する貸出債権をまとめて証券化して、他の金融機関に売却してしまう形態のものである。
 このことにより、当該金融機関は、資金を早期回収できるとともに貸し倒れリスクを投資家に転嫁することが可能となる。
 その際、債務者に対する審査が甘くなるというモラルハザードを防ぐ意味で、債権の全額を譲渡せず、その一部を組成した金融機関自らが保有しなければならないという措置も講じられている。
 現在、米国の有力金融機関が巨額の評価損を計上しているのは、この保有している債権が、市場価格がつかないことにより、慎重な時価評価を行った結果発生したものである。
 このように、新たな金融技術は次々と生み出されるが、いずれも金融商品に発生するリスクをいかに軽減するかという観点から開発されたものである。
 それにもかかわらず、なぜこのような事態が発生してしまうのだろうか。それは、近年世界経済全体で見れば、デフレ基調の中で金余り現象が常態化し、金融商品の運用を任された人々が、金融商品自体で高いリターンを得ようと努力したためである。
 高いリターンを得ようとすれば、当然高いリスクを伴うため、そのリスクをコントロールする技術が必要となった訳だ。
 しかし、世界の富が増える以上に、金融商品だけが高いリターンを生むということが長期にわたって続くはずはない。
 70年代以降、為替が変動相場制へ移行し、価値の基礎である通貨自体が変動するなどにより、世界経済が想定外のリスクが発生する頻度とマグニチュードが拡大し、リスクコントロール手段が機能しなくなるケースが増大してきている。
 幸い我が国の金融業界は、最近の金融工学の発達に遅れがちに付いていったので、サブプライムローン問題では大きな被害をこうむらなかったようであるが、米国経済の景気悪化が現実化すれば、日本経済も相応の影響を受けざるを得ず、当面はこの問題の帰趨から目が離せないと思われる。
(ベンチャーエンタープライズセンター理事長)

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<10> 構造改革かばらまきの復活か

 福田政権が本格的に活動を始めたが、その経済政策は「修正構造改革」とされるばかりで、その詳細は明らかになっていない。一部には、地方への「ばらまきの復活」を期待するむきもあるようだが、マスコミをはじめ、それを許すまじとする勢力も多数を占めていて一筋縄ではいかない情勢にある。
 一方で、地方経済の疲弊は著しいものがあり、これを放置することが許されない状況にあるのは、参議院選挙の結果を見ても明らかである。
 地方の市町村の多くは、就職口といえば役場か農協か建設業しかないといった状況の中、頼みの役場は平成の大合併で、3000が1800に減り、公共事業は、構造改革でここ10年で半分に減ってしまったことから、こうした地域では厳しい雇用環境にさらされている。
 このような状況を踏まえると、民主党がマニュフェストで示した農家直接補償制度という政策は、実は検討に値するものではないかと思えてくる。多くの人はこれこそばらまきの典型で何の解決にもならないと考えているようだが、以下この政策の有効性を説明していきたい。
 まず、これまでの農業土木を始めとする地方の公共事業というものは、農家間接補償の役割を果たしていた訳で、ついでに、不要な道路や橋が出来てしまうといった側面を有していた。
 しかし、間接であるがゆえ、農業の国際競争力の強化にはつながらず、今日の先進国中最低の食料自給率という事態を招いてしまった。
 国際競争に耐えうる農家を育成する目的で、経営規模の拡大という視点も盛り込んだ直接補償制度を構築することは構造改革の一環としての説明も可能と考えられる。
 さらに、人口減少下での成長を目指す我が国として不可欠な政策は、EPA(経済連携協定)の締結対象国を広げることだが、このことにより、東アジア全体を国内市場と同様の環境でビジネスを展開出来るようにすることこそ、喫緊の課題である。
 そのための障害である農業保護の問題を解決する手段として農家直接補償を一括して国民に提案することが、改革の後退と受け取られないためにも必要と考えられる。
 また、最近の景気動向について政府は、拡大基調との判断を変えていないが、今後の展開はどうであろうか。
 米国のサブプライム問題は、一応当面の危機を脱したかに見えるが、実体経済への影響は今後本格化する可能性が高い。
 外需と設備投資で景気拡大を続けている我が国経済にとって、米国経済の失速は大きな影響を与える懸念があるが、その場合、景気対策が講じられるであろうか。
 ここ数年の論調を踏まえると、景気対策など論外といった意見が多数を占めるであろうが、我が国経済の将来はそれでは心もとない。
 複雑な経済問題を解決するためには、ステレオタイプな二者択一型の発想を切り換え、第3の道を模索するような真剣な努力が求められているのではなかろうか。
(ベンチャーエンタープライズセンター理事長)

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<9> 金融立国に製造業は邪魔か

 「今、世界の先進国において『製造業の比率が高い国と低い国』という二極分化が進展しつつある。前者は、就業者比率で見て製造業が2割を超えている国であり、具体的に日・独・伊だ。後者は、英・米と北欧諸国やアイルランドなど、ヨーロッパの縁にある小国だ。一人当たりGDPで豊かな国は後者であり、前者が先進国の中では、貧しい国となっている。…」
 以上の文章は、野口悠起雄氏が『週刊ダイヤモンド』に連載している「超」整理日記から引用したものだが、円安という補助で輸出中心の重厚長大型製造業が温存され、英・米のような金融大国に構造転換できず、日本は貧しいままなのだという趣旨のことが書かれている。
 ここでいう重厚長大型製造業がどの産業を指すかは不明だが、日本の製造業に創造的側面が消えたことが問題だとし、ものづくりへの偏重は製品に差別化特性が無いために常に価格競争にさらされ、企業が収益性の低い状態におかれてしまうコモディティ化の罠に陥る可能性があるとも述べていることから、電機産業や自動車産業等をイメージしているようである。
 これらの産業は、我が国製造業の中でも研究開発投資は大きく、世界の最先端の技術を競っており、他国に比べて著しく技術面で遅れをとっているとは思われない。
 しかも、脱工業化を果たしたとしている米国においても、イノベーションの重要性は強く主張されており、バイオ・IT・ナノテク等の分野の研究開発には巨額の連邦予算がつぎ込まれている。
 また、「コモディティ化の罠」という懸念は、中国の製造業の競争力は未来永劫不変で、どう頑張っても太刀打ち出来ないと思い込んでの分析のようであるが、人民元の調整もあれば、知財戦略への配慮、さらに研究開発投資の増大等、先進国が歩み、悩んできた道を中国も同様に辿っており、その競争力も早晩相対化していくものと思われる。
 いずれにしても自動車や電機といった産業がなくなって、我が国経済が成立つとはとても思われない。
 非製造業中心の国が豊かさを享受できているのは、この間IT革命が大きく進展し、ソフトウェア産業が飛躍的に拡大したことと、世界的な金余りの中で一部金融機関が、マネーゲームに成功したことが要因であり、こうした状況が今後も続くとは思われない。
 百歩譲って、金融立国を目指すことは是としても、我が国の金融業の発展が遅れているのは、不良債権処理に追われ、世界の金融技術の進歩に規制当局も業界も追い付いていけなくなったためである。
 こうした事態を解決するためには金融庁を中心に金融業界全体が産業発展のため、技術開発を含めたビジョンを描き、予算措置を講ずればよいのではないかと思われる。
 製造業が頑張っているので産業構造の転換が出来ず金融業が発展できないでいるというロジックは、日本経済の進路を誤らせる暴論と思われる。
(ベンチャーエンタープライズセンター理事長)

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<8> 全要素生産性

 1990年代に我が国経済の全要素生産性が著しく落ち込んだという点につき、様々な議論が行われている。
 全要素生産性とは、経済成長率から資本と労働の伸びを差し引いたもので、資本と労働という生産要素以外の全ての要素がどれだけ経済成長に寄与したかを示す数値のことを言う。では、具体的に資本の蓄積、すなわち設備投資の増加と、労働人口の増加以外に、成長をもたらすものは何かといえば、ビジネスモデルの改善なども含む広義の技術開発による生産性の上昇がそれに該当すると考えられている。
 では、この技術開発による生産性の上昇が、90年代に大きく落ち込んだ理由はなぜかというと、バブル崩壊後の低成長下で、民間設備投資は大きく減少し、その穴を埋めるべく景気対策という名の元に政府の固定資本形成が大きく積み上げられたが、これには、技術開発要素は、ほとんど含まれておらず、生産性の上昇は望むべくもなかったということにつきると思われる。
 一方、民間設備投資は、投資自体が成長をもたらすが、同時にその投資の結果生まれる設備に技術開発の成果が体現されているので、それが全要素生産性の上昇をもたらす訳だが、それは90年代マイナスで推移した。ただ、政府の景気対策については、何度やっても成長せず、マクロの財政政策は無意味だといった議論が多いが、成長をもたらさなかったということで、景気対策の効果がないと決めつけるのは、早計である。当時の急速な設備投資の落ち込みに加え、消費も低迷する中で、これらの政府支出がなければ、成長どころか、米国の30年代の大恐慌と同様、GDPが半分になるくらいのデフレスパイラル現象を引き起こした可能性が高く、それを押しとどめた効果があったと評価すべきである。
 しかし、短期的な景気維持効果はあったとしても、政府の公共事業というのは、ある程度、インフラが整備された我が国のような場合中長期にわたって経済成長を誘発するような全要素生産性上昇の効果はもたらさなかったと考えられる。
 それでは、今後政府の公共投資の役割というのは、どのようなものであろうか。例えば、技術開発に取り組む場合、実用化には、社会的枠組みや、法的フレームワーク、ネットワークの再構築が必要な場合が多い。
 また、マーケティングに際して、既存商品との競争には、導入補助金が必要な場合もある。
 こうした広義の産業インフラの整備は、私企業では、なかなか担えず、政府が積極的な役割を果さないと、イノベーションが社会に定着することが出来ないケースがバイオテクノロジー等に多く見られる。
 そうした意味で、イノベーションを実現し、全要素生産性を向上させるためには、政府の新たな役割が求められ、一段と踏み込んだ検討が今後必要になると思われる。
(ベンチャーエンタープライズセンター理事長)

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<7> 上勝町の挑戦

 「木の葉」を料亭のツマモノとして商品化することで、中山間地域の町が活力を取り戻したというエピソードで有名な徳島県勝浦郡上勝町の「いろどり」を訪問した。
 近年、この事業は、テレビ・雑誌等で多く取り上げられているので、御存知の方も多いと思うが、その概要は、山の木の葉を町の高齢者が集めて京都の料亭等に送るというちょっと聞くと簡単そうなビジネスだが、他では真似出来ない様々な工夫が凝らされている。 特に、町の防災無線として使用されていた通信手段を活用して、同報FAXを開発し、市場からの注文を生産農家に一斉に送信する仕組みや、通産省からの実証実験事業としての支援を受け、パソコンを活用した「いろどりネットワークシステム」による情報伝達、受発注などの仕組みなどが構築されており、こうしたユニークな工夫の積み重ねで事業として成功をみている。
 このネットワークシステムでは、全体の販売動向ばかりでなく、各農家の出荷状況、月の売上全額、その順位などがわかる仕組みとなっており、各生産者の競争意識を刺激し、事業全体の活気がもたらされている。
 事業に参加しているお年寄りは、皆元気いっぱいで、「忙しくて、ゲートボールをするヒマもないし、病気をするヒマもない」という状況で、結果として、町の医療費負担は軽減し、最近、町の老人ホームは閉鎖されたとのことである。
 またこの町の事業はこれだけにとどまらず、ゴミの分別を非常に細かく行い、それを全て再利用再資源化することを目指す「ゴミゼロ宣言」を行い、実際34種類に分別し、しかも住民自らが自家用車でゴミを集積所に運び込むことが行われている。
 この結果リサイクル率も8割を超え、しかもゴミ収集車やゴミ処理場も要らないということが町財政に寄与している。
 この他上勝町には食事や宿泊、温泉施設、特産品販売を行う「株式会社かみかついっきゅう」があり、交通アクセスが良くない中山間地域のこの地を訪れる多数の視察者が利用し、これも結果として町を潤す収入源となっている。
 しかも、この施設には本質系バイオマス燃焼装置が設置されていたが、これは役場の若い職員が欧州に視察旅行に行き購入を決めたもので、日本にはまだ1台しかなく年間で燃料費を500万円節約する効果があるとの説明であった。
 これらのプロジェクトのキーマンは、株式会社いろどりの横石副社長だ。彼は、お年寄りの競争心をうまく用いることで、事業を活性化させ、パソコンネットワークシステムで木の葉を儲かる仕組みにするなど、極めてすぐれたベンチャー企業経営者である。
 「福祉の充実ばかりを言う首長が多いが、地域は創意工夫をこらして、金を稼いでいかなければ日本は救われない」という彼の言葉を聞いて、人口減少下での成長戦略にもかすかな希望の光を見た思いがした。
(ベンチャーエンタープライズセンター理事長)

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<6> ノーベル経済学賞

 2006年ノーベル経済学賞は、「マクロ経済政策における異時点間のトレードオフに関する分析を称えて」コロンビア大学のエドモンド・フェルプス教授に贈られた。
 ノーベル賞のニュースは、日本人が含まれていないとほとんど取り上げられないし、特に経済学賞は、1969年の創設以来、日本人は一度も受賞していないので、印象が薄く御存知ない方も多いに違いないが、経済学を学ぶ者にとっては、非常に印象深い選考であった。
 そもそも、ノーベル経済学賞は、物理学賞や化学賞と違い、科学の真理を発見し「人類に多大な貢献」をするという趣旨とは違うのではないか、という議論が昔から続いている。
 確かに、かつての受賞者をみても、長い目で見れば歴史に名を残す大経済学者が名をつらねてはいるが、最先端の研究者が受賞したかと思えば、翌年には、大家と呼ばれる高齢の学者が、大昔の業績で賞を貰うなど、選考基準がよく解らないことも多い。
 しかし、大きな流れを見てみるとシカゴ学派が全盛であった80年代から90年代を経て、21世紀に入り、「情報の非対称性を伴った市場分析」や「行動経済学」等の市場原理主義に対するアンチテーゼを唱える研究者の受賞が増加してきているように見える。
 そうした文脈で、今回のフェルプス教授の受賞を把えてみると、フェルプス曲線として知られるインフレ率と失業率のトレードオフ関係に関する分析は、どのように理解すべきであろうか。
 この関係は、通常、政府が失業率を低過ぎるレベルに下げようとしたら、インフレ率が高まり、それとともにインフレ期待も高まるので、金融当局は、インフレ率を上昇させない程度の失業率を目指すことにより、物価の安定だけに力を注ぐべきだという政策的意味合いを持つと解釈されている。
 すなわち、市場原理主義の究極の理論とされる合理的期待仮説の中心的命題と理解されてきた。
 しかし、フェルプス教授のコロンビア大学の同僚で2001年のノーベル経済学賞受賞者のスティグリッツ教授の解釈は異なる。
 米国の90年代の経験を踏まえ、インフレを誘発せず失業率を下げることは可能であり、政府にも大きな役割があることが、フェルプス教授の貢献であるとしている。
 また同時に、資本主義経済を躍動的にしているものは何か、企業家精神を支えているものは何か、そしてそれをさらに推し進めるためにはどのような政策を取ればよいかなどについて、研究を重ねたのが、彼であり、決して諦めの学問ではなく、一貫して行動の経済学であるとしている。
 実際、我が国においても景気回復に伴って失業率が改善してきているが、ここで中心は、民間設備投資と外需であり、企業家精神が重要な役割を果たしている。
 今後もこうした流れを確実にするため、ベンチャースピリットの涵養が重要であると改めて痛感した次第である。
(ベンチャーエンタープライズセンター理事長)

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<5> 美しい日本とイノベーション

 2006年を振り返ると、日本という国は、明らかに大きな転換点を迎えたといえよう。
 在職5年5カ月と戦後3番目の長期政権となった小泉総理の退陣と安倍政権の誕生、5年4カ月続いた日本銀行のゼロ金利政策の解除と、不良債権問題の完全処理、いざなぎ景気を超えて戦後最長となった景気の拡大などバブル崩壊後、低迷を続けてきた日本経済が、その調整期間を一応克服したといえる事件、事象が相次いだ一年であった。そこで、2007年安倍総理はどのように我が国を引っ張っていこうとされているのか興味深いところである。
 美しい国という政策目標は、長期低迷で傷付いた我が国にとって、極めて時宜を得たものと考えられるが、人口減少の中で、具体的に実現していくには、様々な困難が予想される。すなわち、経済成長なくして、構造改革は成し遂げられないが、人口減少下での経済成長という難事は、これまでどんな国家も成功していない。これを実現するためには、絶えざるイノベーションと資本の有効活用しかない。
 しかし、イノベーションというプロセスは単に、研究開発のため、予算を投入し、研究開発人材を集めれば済むというものではない。一定の研究開発に成功したとしても、それをビジネスにつなげるための生産設備への投資は「死の谷」と呼ばれる大きな心理的ハードルがあり、多くの研究開発成果がここで死蔵される。さらに、生産が軌道に乗ったとしてもマーケッティングは、それまでのプロセスとは異なる難しさを内包しており、イノベーションが画期的であればあるほど、既存勢力との軋轢、社会的規制との調整が困難を極める。このようなプロセスを継続的に生み出していて社会という世界を見渡してみてもそれほど多くなく、イノベーションの宝庫と思われている米国ですら、こうした地域は数カ所に過ぎない。
 特に、シリコンバレーとボストン郊外は、突出しており、この2カ所だけで、米国のベンチャーキャピタル総投資額の7割以上が集中している。端的に言えば、スタンフォード大学とMITという2つの大学の優れたメンターである教授陣とここに集まる世界中の俊英が産み出すアイデアに、金がついてくるという仕組みが、この2地域では成り立っている訳だが、こういったものは、一朝一夕に出来上がるものではない。我が国においても、京都や浜松といったベンチャー企業を輩出する特異点とも呼ぶべき地域が存在することは確かだが、シリコンバレーのダイナミズムとは比ぶべくもない。
 しかし、人口減少下での新成長パラダイムを実現するためには、イノベーションを継続的に産み出していけるような地域作り、仕組み作りが不可欠であることは、論をまたない訳で、シリコンバレーモデルの解明は、今後も重要な課題でありつづけると思われる。
(ベンチャーエンタープライズセンター理事長)

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<4> マーケットの怖ろしさ

 天然ガス先物取引の失敗で、米国ヘッジファンド・アマランス・アドバイザーズは、60億ドル(約7千億円)の損失を計上したことが報じられた。
 日本経済新聞では、以下のように解説している。
「天然ガス先物相場は過去1年半で100万BTU(英熱量単位)当たり6ドル→15ドル→4ドル台と乱高下。アマランスは運用を誤れば、巨額の損失を出すリスクを改めて浮き彫りにした」
 先物市場における価格の変動の激しさを指摘し、運用の難しさにも言及する至極当り前の文章にみえる。
 しかし、7千億円もの損失というものが、こうした個人投資家が難しい先物に手を出したことで被る損失と同様な構造から生まれるものであろうか。
 このニュースの背景として、認識しておかなければならない第一の点は、アマランスというヘッジファンドは、NYMEX天然ガス先物市場が100万BTU当たり15ドルという途方もない価格を付けるに至った主犯の一人ではないかという点である。
 先物取引というのは確かにリスクが高い金融商品だが、期限が設けられており、価格が思惑とは反対に行った場合、その時点で決済をすれば損失額はそれほど大きくはならない。
 特にNYMEXの流動性は期近に集中しており、せいぜい1、2カ月で期限が到来する限月でポジションを建てている場合が多いので、ロングポジションを持っていて価格が下落を始めれば、その時点で仕切ることで、こうした事態は防げたはずだ。
 しかし、ロールオーバーといって、期限が来たら、その翌月等へポジションを移し、かつ、投資額を増やすことで負けを平均化(ナンピン)する、といった戦術を採ると、その時点では損失は表面化しないが、価格下落が続くと損失額は大きく膨らんでいく可能性がある。ベアリングス銀行を破綻させたニック・リーソンの行動がまさにこれであったが、アマランスも同様ではなかったろうか。
 物語が終わった後で、冷静に分析すると、何でこんなバカな投資行動をとるのかと思われる読者も多いであろうが、これは最近流行の行動経済学の視点から見ると、多くの投資家が陥りやすい人間の本能に基づく行動なのである。
 特にアマランスの場合、エネルギー問題には全く素人であるにもかかわらず、天然ガス価格の急騰を演出してきた張本人であり、1年以上にわたって続いたその成功体験から逃れることが出来ず、いつかは、相場は反転するとの思いから、ズルズルと大量のロングポジションを抱え込んだまま、今回の事態に立ち至ったと思われる。
 エネルギー関係者ならば誰もがありえないと思う高値であっても、スクリーンを見つめ、買えば上がり、上がれば買う、を繰り返すファンドマネージャーには、単なる数字に過ぎなかったようで、これがマーケットの魔力でもあり、怖ろしさでもあろう。
(ベンチャーエンタープライズセンター理事長)

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<3> ハプスブルグ家の栄光

 先日、家内とハンガリー、オーストリア、チェコ、スロバキアの中欧4カ国を巡る旅を楽しんだ。
 オーストリア以外は初めて訪れた国だったので、様々な発見があり興味深い夏休みとなった。
 まず驚いたのは、チェコとスロバキアが分離独立してから、もう13年が経過しており、EUに2004年に加盟して、2年後にはユーロへの切替えが予定されているということだった。
 こうした歴史について、とんと理解がない不明を恥じたが、現地のガイドが流暢な日本語で語る歴史はさらに驚かされた。
 チェコなどは、中世以来異民族支配を受けてきたが、ナチスに占領された後、ソ連軍によってやっと解放されたかと思ったら、そのまま占領されてしまったというのである。
 東欧諸国というのは、自らの意思で共産主義を選択したのかと思っていたので、ソ連軍による占領によってやむなく共産主義を選択したのであって、ベルリンの壁崩壊以降、やっと開放されて、本来のヨーロッパに仲間入りをしたということのようである。
 確かに、これらの国々は、オーストリア、ハンガリー帝国に属し、神聖ローマ皇帝を兼務したオーストリアハプスブルグ家というのは、中世ヨーロッパでは、本家筋にあたると思っているようであった。
 したがって、ブタペストもプラハもウィーンに負けず劣らず、ハプスブルグ家のかつての栄光をしのばせる壮麗な都市美を残していた。特に、ブタとペストを分けて流れるドナウ河のナイトクルーズは、世界一と言っても過言ではなかった。
 ところで、ハプスブルグ家は一時期、地球上のほぼ全周にわたって領土を持ち「日沈むことなき帝国」と呼ばれるほどの栄華を極めた訳だが、それはどうやって達成されたのかずっと疑問に思っていたところ今回現地ガイドの説明で納得がいった。
 ハプスブルク家出身の神聖ローマ皇帝としては5代目となるマクシミリアン一世(1459〜1519年)が始めた結婚政策がその秘密であった。「ほかの国は戦争するがよい。汝幸いなるオーストリアは結婚せよ」という家訓を残し、自身はブルゴーニュ公国の公女マリアと結婚し、息子フィリップ、孫フェルディナントにも各々、スペイン、ハンガリーの王女と結婚させることでヨーロッパ随一の世界帝国を形成することに成功した訳である。
 学校で習う世界史では、戦争を中心に覚えていくので、中世ヨーロッパにおけるハプスブルグ家の巧みな政略結婚による領土拡張の歴史というのは、印象に残らなかったのかもしれない。
 中欧4カ国を訪れ世界遺産ともなった壮麗な建築群を観光して、いわば平和外交で帝国を築き、数百年の繁栄を誇ったハプスブルグ家の知恵に触れた想いがする。また、平和と繁栄によって、その領土を拡張し、今日ではローマ帝国の再来かとも言われているEUの将来についても、思いを巡らせた旅であった。
(ベンチャーエンタープライズセンター理事長)

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<2> ダ・ヴィンチ・コード

 まずは、私事で恐縮だが、4年間勤めた東京工業品取引所専務理事を辞し、財団法人ベンチャーエンタープライズセンター理事長を拝命した。
 共通点は、リスクのあるファイナンスに関係していることだが、かなり畑違いの分野となる。経済産業省現役時代にはベンチャービジネス振興を何度も手掛けているので、楽しんで職責を全うしたいと考えている。
 ところで、ダヴィンチコードだが、本も大変おもしろいし、映画もよく出来ていて、エンターテイメントとしては、近年の大傑作といえるだろう。
 ストーリーの背景となっている伝説、マグダラのマリアとイエスキリストの結婚そして出産、シオン修道会の存在、カロリング王朝の秘密等々、様々な論争を引き起こしているが、その詳細に立ち入る余裕はないので、一点なぜキリスト教は、キリストを神とする必要があったかについて考えてみたい。
 キリスト教で神とその子イエスと聖霊が同位であり一体であるとする三位一体説が確立するのは紀元325年のニケーア公会議においてであった。
 それまで一貫してキリスト教を弾圧してきたローマ帝国が一転して公認し、さらに振興までしたのはコンスタンティヌスの独創であったが、その目的は、何であったのかがポイントである。
 当時、帝国の弱体化は著しく、より効率的な組織への改編は不可避であった。
 元老院のチェックを形式的にせよ受け市民の第一人者としての皇帝政から、オリエント型の専制君主政へ移行する必要があった。
 このため教義論争に明け暮れるキリスト教会の多数派を味方につけ、分裂を回避するとともに、司祭から神意としての皇帝の地位を授けられることが必要であったと解釈することができる。
 すなわちコンスタンティヌスは神を必要とし、キリスト教会は、神とその子イエスは一体であるとする人々が多数派であったという歴史の偶然が三大世界宗教のひとつに創始者が神であるという風変りな教義を定着させたのである。
 イスラム教において創始者マホメットは、神との対話が可能な最終にして最大の預言者ではあるが神ではなく、仏教におけるブッダも永遠の真理を悟ったかもしれないが、自分は神だとは言ってはいない。
 もちろん、イエス・キリスト自身も生存中に自分は神だと言った訳ではないが、十字架上で死んで、その後復活し、天に昇ったため、神となってしまった。
 しかし、ニケーア公会議における教義論争で、アリウス派が勝利していれば、イエス・キリストは、マホメットと同様単に預言者とされ、紀元前後に生存した秀れた宗教指導者として認識されていたかもしれない。
 そうであれば、マグダラのマリアとの結婚が秘密とされることもなく、その秘密を守るシオン修道会も生まれず、ダヴィンチコードのような楽しいエンターテイメントは生まれなかったであろう。
(ベンチャーエンタープライズセンター理事長)

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<1> 国家の品格

 久々に話題のベストセラーということで、藤原正彦氏の「国家の品格」を読んでみた。
 その概要は、自由、平等、民主主義を核とした西洋近代合理主義に基づいて、近代化を成し遂げた我が国は、世界に誇るべき我が国古来の「情緒と形」を忘れ、欧米の「論理と合理」に身を売ってしまい、「国家の品格」をなくしてしまったが、現在進行中のグローバル化に敢然と闘いを挑むべきで、かつての美しく、品性あふれた日本を取り戻すには、武士道精神を核とした精神性の復活が重要であるということのようである。
 数学という自然科学の大家が、社会のあり方について発言するのは自由だが、それを「すべての日本人に誇りと自信を与える画期的日本論」などと言って賞賛するのは、いささか問題があると思われる。 一般的に自然科学の分野で高い業績を挙げた学者が、社会科学の分野の問題に発言する時、社会科学の分野における基礎的な約束事に対する理解が欠けている場合が多い。自然科学においては、理論とか定理はパラダイムシフトが起こるまでは、絶対的な価値を有しているが、社会科学では、自由や平等といった基本的概念ですら、常に相対的な価値しか持ちえない。キリスト教による圧倒的な精神世界の支配とか絶対王政による抑圧といった、その当時の社会状況に照らしてアンチテーゼとして主張される場合が多く、そうした主張がどのような背景でなされたかの洞察が極めて重要となっていく。
 特定の状況で主張された理念は、より純化し、過激な内容となるが、それが社会に受容される過程で相対化していくものであり、また、社会それ自体も、そうした理念により変化を遂げていくものである。今日、「自由」や「平等」という理念が当然視され、その持つ意味、範囲等が様々議論されるのは、それが受容されてきた数百年にわたる世界各国の歴史的経過を踏まえてのものであって、ホッブスやロックの理念が今日まで永遠の真理として君臨してきた訳ではないということを認識すべきであろう。
 また、近代化については、それを超克するための新たな哲学は、欧米諸国において数多く主張されており、地球環境問題などは、こうした思想に裏打ちされた試みのひとつである。武士道精神も近代を超克する思想となりうるかもしれないが、美しい日本を再生し、世界に範を示しうる新たな哲学としては、社会を維持するための枠組みが不足しているように思われる。
 しかし、数学の天才を生むためには、美しい環境が必要であるとか論理の出発的には情緒があるなど、さすが数学者ならではの指摘も多い。
 いずれにしても、小泉構造改革のもと、拝金主義が跳梁跋扈した中で、日本のあり方を考えるよい契機となる本であることは確かである。
(東京工業品取引所専務理事)

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